アートセラピーにおける内的なリソースの発見と活用:色と形による強みの可視化
はじめに
経験を積んだ臨床心理士の皆様にとって、クライアントが直面する困難や課題に焦点を当てることは治療プロセスにおいて重要ですが、同時にクライアントが持つ内的なリソース(強み、支え、回復力)に焦点を当てることも、エンパワメントやレジリエンスの構築において不可欠です。しかし、特に困難な状況にあるクライアントは、自身の持つリソースを認識し、言語化することが難しい場合があります。アートセラピーは、言語以外のチャンネルを用いることで、こうした潜在的なリソースを色や形として表現し、可視化する強力な手段となり得ます。
本稿では、アートセラピーにおける内的なリソースの発見と活用に焦点を当て、色と形がどのようにクライアントの強みや支えを映し出し、それを臨床でどのように活用できるのかについて、理論的背景、具体的な手法、そして実践上の留意点を含めて深く掘り下げていきます。
内的なリソースとは何か?理論的背景
アートセラピーにおける「内的なリソース」とは、クライアントが困難に適応し、成長するために利用できる個人的な特性、スキル、知識、経験、あるいは内的な「支えとなる対象」などを指します。これには、楽観性、ユーモア、創造性、問題解決能力といった認知的なものから、自己肯定感、忍耐力、希望といった感情的なもの、さらには、過去の成功体験、内在化された肯定的な対象関係、特定の活動への情熱などが含まれます。
心理学の視点からは、ポジティブ心理学における「強み(Strengths)」の概念や、レジリエンス(回復力)研究における「保護因子(Protective factors)」が関連します。また、精神分析的な視点からは、対象関係論における「良い対象の内在化」や、自己心理学における「自己対象(Selfobject)」の健全な機能が、内的な支えとして理解されることがあります。アート表現は、これらの言語化されにくい、あるいは無意識下にある内的な構造や機能を象徴的に捉え、意識化・構造化するプロセスを支援します。
色や形を用いた表現は、リソースの持つ感覚的・感情的な側面、エネルギー、質感をダイレクトに捉えることを可能にします。例えば、安定感を表すリソースは「どっしりとした石のような形」や「落ち着いた青色」、エネルギーを表すリソースは「燃えるような赤色」や「流れるような線」として表現されるかもしれません。こうした感覚的な表現は、リソースを単なる概念としてではなく、生き生きとした「自己の一部」として体験し直すことを促します。
アートセラピーによる内的なリソースの発見・可視化手法
内的なリソースをアートで表現するための具体的な手法をいくつか提案します。これらの手法は、クライアントの状態や治療目標に応じて柔軟に調整してください。
1. 「私のリソースパレット」または「リソースマップ」
クライアントに、自身が持つと感じる、あるいは持ちたいと願う内的なリソースをいくつか挙げてもらい、それぞれに合う色や形を選んで表現する手法です。
- 進め方:
- まず、リソースの概念についてクライアントと共に考えます。「あなたが困難を乗り越える助けになるもの」「元気が出ること」「あなた自身の中にある良いところ」など、具体的な例を挙げながら説明します。
- いくつかのリソース(例: 忍耐力、優しさ、創造性、特定の趣味、好きな場所のイメージなど)をリストアップします。
- 提供した様々な画材(絵の具、パステル、色鉛筆、粘土、コラージュ素材など)の中から、それぞれのリソースに最も合うと思う色や形、素材を選んで表現してもらいます。パレットのように区切られた紙や、マップのように配置する形式など、自由に表現できる環境を提供します。
- 表現されたものについて、クライアントと共に探求します。
- セッション内での声かけ例:
- 「〇〇さんの中にある『強み』や『支え』となりそうなものをいくつか教えていただけますか?」
- 「そのリソース(例: 忍耐力)を、もし色で表すとしたらどんな色でしょう? 形は? 素材は?」
- 「この(描かれた色/形)のどんなところが、そのリソースらしいと感じますか?」
- 「それぞれのリソースは、お互いにどのように関係していますか? 近くにありますか? 離れていますか?」
- インタラクションのポイント: クライアントの選択や表現に評価を加えず、好奇心を持って共に探求する姿勢が重要です。なぜその色や形を選んだのか、それがどのような感覚やイメージと結びついているのかを深く聞き出します。
- 想定されるクライアントの反応と対応:
- 「私にはリソースなんてない」: このようなクライアントには、大きな概念としてのリソースではなく、「これまで頑張ってきたこと」「小さな喜び」「誰かからの肯定的な言葉」「安全だと感じる場所」など、非常に具体的な、あるいは過去や想像上の肯定的な体験に焦点を当てる声かけを行います。アートは「ない」という感覚そのものを表現するツールにもなり得ます。その「なさ」の色や形を探求することで、逆に「ありうるかもしれないリソース」への問いかけを促すことも可能です。
- ネガティブな要素が混じる: リソースを描こうとしても、問題や困難のイメージが混ざる場合があります。これは、リソースと困難が相互に作用し合っている現状を反映している可能性があります。無理に分離せず、作品全体として捉え、「リソースは困難の中でどのように存在していますか?」「困難はリソースにどのような影響を与えていますか?」といった問いかけを通じて、複雑な現実を共に理解します。
2. 「内的な庭園」または「心の風景」
クライアントの心の中にある、安全で力を得られるような場所、あるいは成長や回復を象徴する場所を、庭園や風景として表現する手法です。そこに「存在する」要素がリソースとして捉えられます。
- 進め方:
- 目を閉じてもらうなどして、心の中で最も穏やかで力強いと感じる場所や風景を想像してもらいます。それが現実の場所でも、想像上の場所でも構いません。
- その風景の中に「ある」と感じるもの(木、水、光、動物、建物、特定の雰囲気など)に注意を向けます。
- 画材を用いてその風景を描写してもらいます。
- 完成した作品について探求します。
- セッション内での声かけ例:
- 「〇〇さんの心の中で、安全で、力が湧いてくるような場所はありますか? どんな場所でしょう?」
- 「その場所には何がありますか? 色や形、音、匂い、触感など、どんな感じがしますか?」
- 「その風景の中で、〇〇さんを支えていると感じるものは何でしょうか?」
- 「この木(作品中の要素)は、〇〇さんにとってどのような存在ですか? どんな力を与えてくれますか?」
- インタラクションのポイント: 風景全体の雰囲気や、個々の要素がクライアントにとってどのような意味を持つのかを丁寧に聞き出します。特に、感覚的な側面に焦点を当てることで、リソースの体験を深めます。
- 想定されるクライアントの反応と対応:
- 安全な場所が想像できない: トラウマ体験や慢性的なストレスを抱えるクライアントには難しい場合があります。無理強いせず、まずは「安全な場所があるとしたら、どんな場所であってほしいか?」という想像上の場所や、過去のほんの一瞬でも安心できた体験に焦点を当てます。あるいは、「安全な場所を描く」という行為そのものが、安全な内的空間を創造するプロセスとなり得ます。
3. 「支えとなるネットワーク」
クライアントを取り巻く、あるいは内に存在する様々な支え(人、活動、内的な資質、信念など)を、線や形で繋がったネットワークとして表現する手法です。
- 進め方:
- 自分を支えてくれている、あるいは支えになりうる様々な要素(友人、家族、趣味、自身の粘り強さ、好きな言葉など)をリストアップします。
- 紙の中央に自分自身を表す印を描き、そこからそれぞれの支えを表す色や形を描き出し、線などで繋ぎます。
- ネットワーク全体の構造や、それぞれの支えの色・形・線について探求します。
- セッション内での声かけ例:
- 「〇〇さんを支えている人や物、活動、そして〇〇さん自身の中にあるものは何でしょうか?」
- 「それぞれの支えは、どんな色や形、質感で表されるでしょう?」
- 「〇〇さん自身と、それぞれの支えは、どんな線で繋がっていますか? 太い線? 細い線? どんな色?」
- 「このネットワーク全体を見て、どんな感じがしますか? どこが強いですか? どこが弱いですか?」
- インタラクションのポイント: リソース間の関係性や、クライアントとリソースの繋がり方(線の質や色)に注目することで、関係性のパターンやエネルギーの流れを読み取ることができます。
- 想定されるクライアントの反応と対応:
- 孤立感を感じている: 支えとなる要素が少ない、あるいは全くないと感じているクライアントに対しては、まずその孤立感を色や形で表現することを促します。その上で、「もし支えがあるとすれば、どんな支えが欲しいか?」「過去にはどんな支えがあったか?」といった問いかけを通じて、失われた、あるいは潜在的なリソースに目を向けます。また、治療者自身との関係性も重要なリソースとなりうることを意識します。
実践上の留意点と応用例
- リソースの「動的な」表現: リソースを単なる「静的なもの」として描くだけでなく、「リソースがどのように機能しているか」「困難な状況でリソースがどのように自分を助けているか」「リソースが時間と共にどのように変化するか」といった「動的な側面」を色や形で表現することを促すことで、リソースを「使える力」としてより深く認識できます。
- 問題とリソースの対比: クライアントが抱える問題や困難を表現した作品と、リソースを表現した作品を並べて見ることで、問題に圧倒されがちな視点から、問題と共に存在するリソースへの視点へと焦点を移すことができます。これにより、問題解決や対処への新たな糸口が見つかることがあります。
- 困難事例への応用: 抑うつが重く、自身の価値やリソースを全く認識できないクライアントに対しては、リソースを「外側の世界にある美しいもの」「憧れる人」「過去の自分(ポジティブな時期)」など、自分自身から少し距離を置いた形で表現してもらうことから始めることも有効です。また、トラウマサバイバーに対しては、安全な空間で、安全基地となりうるリソース(現実の、あるいは想像上の)のイメージをアートで強化することが、グラウンディングや安定化に繋がります。
- 作品を「支え」として活用: 完成したリソース作品を写真に撮る、持ち帰る、部屋に飾るなど、物理的な形で手元に置いてもらうことで、日常の中でリソースを再認識し、困難な時に作品を見ることで力を得る「視覚的なアンカー」として活用することを提案できます。
結論
アートセラピーにおける色と形を用いた内的なリソースの発見と可視化は、クライアントが自身の強みや支えを、言語を超えた感覚的・象徴的なレベルで体験し、内的に定着させるための効果的なアプローチです。単に問題解決に焦点を当てるだけでなく、クライアントが持つ可能性や回復力に光を当てることで、自己肯定感の向上やレジリエンスの構築を支援します。経験豊富な臨床心理士の皆様には、こうしたアートセラピーの手法を、既存の臨床実践に統合することで、より多角的で深いクライアント理解と支援が可能になることを示唆いたします。クライアントと共に、色とりどりのリソースパレットを探索する旅は、治療プロセスに新たな豊かさをもたらすことでしょう。